■概要
不正競争について勉強したので、いわゆるダンディ甲田事件問題を考えてみた。
■問題 (平成18年弁理士短答式試験第1問)
〔1〕甲田三郎は、個人で美容院を営む美容師である。甲田は、いわゆるカリス
マ美容師で、需要層である女性の間では、全国的に、甲田三郎の名を知らない者
はいないといわれるほどであり、彼女たちには「ダンディ甲田」とも呼ばれてい
るし 甲田三郎も彼の美容院に ダンディ甲田の店 と記した看板を掲げている 。
また、甲田が得意とする巧妙なヘアカットの手法は、従来から存在するものでは
あるが、近年では、世間で「甲田カット」と呼ばれるようになった。不正競争防
止法上の不正競争に関し、次のうち、最も適切なものは、どれか。
1 乙川三郎という名前の美容師が 「ヘアサロン三郎」という名称で美容院を
開業して営むことは、不正競争となる。
2 市販されているビデオテープや雑誌を見て甲田カットを習得した美容師が、
彼の営む美容院において「甲田カットできます 」と書いた貼り紙を掲示する
ことは、不正競争となる。
3 甲田三郎がベルトに数多くのフックを縫いつけて、くし、ブラシ、ハサミ、
ペンシルなどをぶらさげているのに目をつけた服飾メーカーが、数多くのフッ
クを縫いつけたベルトを売り出すことは、不正競争となる。
4 甲田三郎のもとで修行したことのある美容師が、彼が開業した美容院のチラ
シに「甲田三郎のもとで修行したことがある 」と表示することは、不正競争となる。
5 化粧品メーカーが、甲田三郎の同意を得ることなしに、女性向けのヘアスプ
レーに「Saburo Koda」という商品名を付けて販売することは、不正競争とな
る 。
■柱書についての考察
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甲田は、いわゆるカリス マ美容師で、需要層である女性の間では、全国的に、甲田三郎の名を知らない者はいないといわれるほどであり、彼女たちには「ダンディ甲田」とも呼ばれてい るし 甲田三郎も彼の美容院に ダンディ甲田の店 と記した看板を掲げている 。
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甲田がカリスマ美容師として知られていることから、その名前である「甲田三郎」及び俗称「ダンディ甲田」は、出所識別機能及び自他識別機能を持つから、甲田の業務を表す商品等表示である。また、「ダンディ甲田の店」も出所識別機能・自他識別機能を持つ商品等表示であると推認される。
これらのうちで、少なくとも「甲田三郎」は、需要者の間で「その名を知らぬ者はいない」と呼ばれるほど著名であり、「ダンディ甲田」は需要者が自発的につけた俗称で、本人も使用しているから著名であると推認される。「ダンディ甲田の店」の著名性は不明である。
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また、甲田が得意とする巧妙なヘアカットの手法は、従来から存在するものでは あるが、近年では、世間で「甲田カット」と呼ばれるようになった。
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従来から存在するヘアカットの手法は、出所識別機能・自他識別機能は有さないと考えられるため、「甲田カット」は商品等表示ではない。しかしながら、手法の一名称であることから、「役務の質」を表すものと考えられる。また、「甲田カット」の有用性は認められるものの、問題文から非公知性や秘密管理性については不明である。
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不正競争防止法上の不正競争に関し、次のうち、
最も適切なものは、どれか。
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非常に巧妙な言い回しである。以下適切○、不適切×、よくわからん△とする。
おおよそ、ここまでから、不正競争防止法第2条1項1号(混同惹起行為)、同条2号(著名表示冒用行為)、同条4-9号(営業秘密不正使用行為)、同条13号(誤認惹起行為)、同条14号(競争者営業誹謗行為)の適否が問題となると考えられる。
■第1枝
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乙川三郎という名前の美容師が 「ヘアサロン三郎」という名称で美容院を開業して営むことは、不正競争となる。
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「ヘアサロン三郎」を出所識別標識・自他識別機能として用いて美容院を営んでいるから、同条2号にいう「自己の商品等表示として使用」の要件を満たすと考えられる。また、この商品等表示が、甲田三郎の商品等表示である「甲田三郎」と称呼や印象等が共通すれば、「他人の商品等表示と同一または類似」の要件も満たすと考えられる。
よって、乙川三郎の行為は、所定要件下で同条2号にいう不正競争行為に当たるものと考えらえる。
しかし、乙川三郎は、自己の氏名を、役務と密接関連性のある「ヘアサロン」と結合させるという普通に用いられる方法で使用しているため、同法19条1項2号にいう適用除外を受けらえるとも考えれる。
これらを総合して考えると、一応不正競争行為といえるため、○に近い三角といったところになろう。
■第2枝
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市販されているビデオテープや雑誌を見て甲田カットを習得した美容師が、 彼の営む美容院において「甲田カットできます 」と書いた貼り紙を掲示することは、不正競争となる。
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まず、柱書で考察したように「甲田カット」については商品等表示であるとは認められないため、同項1号および2号の適用はない。また、「甲田カットできます」という役務の質を表示するものであるから、甲田の信用を害する物とは考えにくく、同項14号の適用もない。
市販されているビデオテープや雑誌から甲田カットを習得したことから、甲田カットの非公知性や秘密管理性が失われていると考えらえる。よって、同項4-9号の営業秘密不正使用行為の適用はない。
「甲田カット」は役務の質を表すものであるから、同項13号の誤認惹起行為の適否が問題となる。ここで、問題文には「甲田カットを習得した」とあるため、誤認させるような表示ではないと考えられる。
よって、同項13号の適用もない。
ただし、「ビデオテープ等から甲田カットが適正に習得できるのか」という疑問もあるため、誤認表示である可能性も否定できない。
これらを総合的に考えると、×に相当近い△という事になろう。
■第3枝
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甲田三郎がベルトに数多くのフックを縫いつけて、くし、ブラシ、ハサミ、 ペンシルなどをぶらさげているのに目をつけた服飾メーカーが、数多くのフックを縫いつけたベルトを売り出すことは、不正競争となる。
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ベルトには、出所識別機能等が認められないから、商品等表示には当たらず、同項1号および2号の適用はない。また、ベルトに数多くのフックを縫い付けることには、非公知性や秘密管理性もないと考えられるから、4-9号の適用もない。誤認させるような表示とも考えられないから、同項13号の適用もない。また信用を害するとも考えられないから、同項14号の適用もない。
唯一考えられるのは、同項3号の商品等模倣行為であるが、ベルトは甲田の商品とは考えられないので、同号の適用もないと考えられる。
よって、×。
■第4枝
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甲田三郎のもとで修行したことのある美容師が、彼が開業した美容院のチラシに「甲田三郎のもとで修行したことがある 」と表示することは、不正競争となる。
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チラシに他人の商品等表示である「甲田三郎」の名を載せているが、出所識別機能や自他識別機能を有する形での使用とは言い難く、同項1号2号にいう「商品等表示として使用」には該当しないものと考えられる。
また、甲田三郎のもとで修業したことがあるという事は真実であるし、「甲田三郎のもとで修業したことがある」という事が誤認させるような表示とは認められないから、同項13号及び14号の適用はない。
よって、×。
■第5枝
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化粧品メーカーが、甲田三郎の同意を得ることなしに、女性向けのヘアスプレーに「Saburo Koda」という商品名を付けて販売することは、不正競争となる 。
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化粧品メーカーの女性向けヘアスプレーの需要者は、甲田三郎の需要者と共通すると考えられる。「Saburo Koda」という商品名には、出所識別機能や自他識別機能を有する状態での使用と認められる。
「Saburo Koda」は、その主要な需要者から見て、甲田三郎の商品等表示である「甲田三郎」と観念が共通するから、類似であると認められる。
化粧品メーカーが、甲田に無断で、自己の商品等表示として著名な甲田の商品等表示と類似のものを使用した商品を譲渡していると認められるから、同条2号の著名表示冒用行為に該当し、不正競争となる。よって、○。
■結論
1 ○に近い△
2 ×に近い△
3 ×
4 ×
5 ○
よって、適切なものは5である。
■感想
ほとんどの文言に無駄がない非常によく練られた問題であると思う。「ダンディ甲田」の文言だけが無駄のようにも思えるが、問題自体の自他識別標識となっている事から考えても、無駄ではないのかもしれない。
■追記
乙川三郎の「ヘアサロン三郎」は、「自己の”氏名”ではなく、自己の”名”を使用するものではないか」という懸念もあったため、調べてみた。
自己の氏名を不正の目的でなく使用によると、大阪地判平成21.7.23の中で以下のように述べられている。
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不正競争防止法 2 条 1 項 1 号の規定は,自己の氏名を不正の目的(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他不正の目的をいう。)でなく使用する行為については適用されない(不正競争防止法 19 条 1 項 2号)。そして,
本件では,被告表示が被告の氏を使用したものであることに争いはないから,以下,被告表示の使用が不正の目的でない使用といえるかについて検討する。
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これ及び取引の実情から推測するに、19条1項2号にいう自己の氏名には、少なくとも、氏名および氏が含まれるものと考えらえる。名前が同号の氏名に含まれるのかについては不明であるが、氏名だけに厳密に限定されていないことや同号の趣旨から考えると、取引の実情等を考慮して「普通に用いられる」方法であると認められるのであれば、19条1項2号にいう自己の氏名には、名前も含まれるものと考えられる。
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